てらろぐ
季刊「あきばさん」
坐禅
写経会
梅花講

秋葉山 新井寺

新井寺のこと ご供養のこと お墓のこと 瓏仙院のこと 花屋 秋葉山
坐禅 ・ ご本尊さまへ読経 ・  茶話会(質疑応答) 

ごご 2 時 30 分 止静   2 時 55 分 経行
       3 時 止静  3 時 25 分 開静
       3 時 30 分 『般若心経 和訓』 ・ 『正法眼蔵』「坐禅儀」
       4 時 茶話会   4 時 30 分 散会

◎ 日にちなどにつきましては おたずねくださいませ
「いま」を生きる ということを大切にしませんか

お釈迦さまは、坐禅をされておさとりを開かれました。
坐禅は、「仏教の原点」といってもよいかもしれません。

只管打坐(しかんたざ)

曹洞宗の坐禅は、壁に向かって(面壁〈めんぺき〉)、
「坐禅のため」にただ黙々と坐ります(只管打坐〈しかんたざ〉)。

どっしりと坐蒲(ざふ・坐禅用の丸いクッションのようなもの)の上に腰を下ろし、
背筋をまっすぐにして身を調え(調身〈ちょうしん〉)、
呼吸を調えた(調息〈ちょうそく〉)ならば、
きっと心も調う(調心〈ちょうしん〉)。

身体と心がまっすぐになれば、
発することば、行なう行為もまっすぐになり、
生き方もまっすぐになる。
「わたしは、いつのときも『いま』を生きています」
と言う人にときどき出会います。
そのたびに 「いま」を生きる とはどういうことなのだろうかと
考えています。

「いま・ここ・このこと」に、自分の身体(からだ)と心をどっしりとおいて、
「いま・ここ・このこと」と自分とがひとつになる(打成一片〈だじょういっぺん〉)。
それが、禅の教えに説かれる「いまを生きる」ということだと思います。

わたしたちの日常をふり返ってみると
自分の身体(からだ)はここにあるけれども、
心や頭のなかは別のところにいってしまっている
という瞬間が、じつは多いことに気がつきます。

「いま」を生きる ということを大切にしませんか。
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